整骨院・接骨院について(1)「整骨院」「接骨院」の歴史

投稿日:2013.10.23

藤沢市カルカル接骨院 (整骨院) のブログです。

 

「整骨院」「接骨院」の歴史は、意外に古く、奈良時代や平安時代にさかのぼります。藤原不比等らによって編纂された「養老律令」(718年)や、日本最古の医学書である「医心方」(984年)に、骨や関節の整復術や固定法、その他手当法が記載されています。

 

また、戦国時代には、兵士の骨折や脱臼を治す専門家がいた、という記録も残っています。

昔は高貴な人(貴族・身分が高い人)だけしか、このような手当は受けられませんでしたが、時間は流れ、ようやく庶民にも広がったのは江戸時代です。

 

江戸時代に、中国・少林寺の拳法とともに、日本の柔術家に「正骨術」が伝えられました。実は、柔道整復術の源流は、武士の武術のひとつである「柔術」だと言われています。柔術」は幕末までに、100を超える様々な流派が生まれたとされています。

 

この「柔術」には、『活法によりケガを治す、殺法により敵を倒す』とあります。「活法」と「殺法」は、表裏の関係にあり、その後それぞれ異なる発展をしました。

 

柔術の「殺法」とは、殺める技のことです。殺法は「古武術」として現代に伝承されています。柔術の「殺法」は、柔道として、明治維新以降だんだんとスポーツとしての意味合いが濃くなりました。1964年の東京オリンピックで正式競技となり、国際的なスポーツとして発展しました。

 

一方、柔術の「活法」とは、広義には、「殺法」でないこと、「殺法の裏技」のことをいいます。

「活法」は「活かす技」であり、けがを治すこと、治療や蘇生を行うことを指します。

「活法」は、秘伝・口伝とされてきたため、歴史的な書物にはあまり残っていません。武術の腕前次第で、生死が決まる時代には、誰でも医者にかかれる環境でなかったため、負った傷はすぐにその場で治し、すぐに戦に戻れるように、このような治療術が開発されたのでしょう。

 

この柔術の「活法」と「正骨術」が融合して、1970年に「柔道整復師法」が確立されました。

 

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