柔道整復師について(1) 「柔道整復師」の歴史

投稿日:2013.11.24

藤沢市カルカル接骨院 (整骨院) のブログです。

 

柔道の創始者であり、「柔道の父」「日本の体育の父」とも言われる講道館の嘉納治五郎(かのうじごろう)師範(1860~1938年)をご存知でしょうか?

 

講道館柔道の創始者である嘉納治五郎師範は、柔道・スポーツ・教育分野の発展や、日本のオリンピック初参加に尽力するなど、明治から昭和にかけて日本のスポーツ道を開いた有名な人です。日本人初のICC(国際オリンピック委員会)委員にもなりました。

この嘉納治五郎師範の支持によって、柔道との関係が密になり、柔道整復術は発展していきました。

 

江戸時代には、様々な整骨術が現れ、今日に伝わっています。

しかし、明治時代に入ると、武家社会がなくなり、新政府は西洋文化の普及を推進しました。そのような中、医療制度が整備され、同時に柔道整復、鍼灸を含む伝統医療は制度面で大きく後退し、明治27年(1894)の太政官令により接骨術は廃止されていました。

しかし、明治の終わりから大正期に入ると、柔術家たちによって結成された「柔道接骨術公認期成会」の熱意により、復活を求める運動は活発になりました。

1920年(大正9年)には、議会へ公認に関する請願書が提出されました。そして大正9年(1920)の内務省令「按摩術営業取締規則」の改正で、付則の中に柔道整復術に関する記載が盛り込まれ、「柔道整復術」という名称で国に認められました。

 

同年、警視庁にて「第一回柔道整復師資格試験」が実施されました。初めは資格試験による認定でしたが、その後の流れは、下記のようになります。

1947年…「あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法」制定

1951年…学校教育による柔道整復師の養成が始められ、免許制度が制定される

1970年…「柔道整復師法」の成立

1976年…指導要領が制定され、資格取得に関する規定や業務範囲などが明確化する

1989年…柔道整復師法の大改正により、それまで都道府県単位で行われていたものが、国家試験へと移行

2001年…WHO報告書で、初めて日本における柔道整復が世界に紹介される

 

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